香川大学 経済学部 経済学科 1997 年度 外書講読(英語;3,4年次生対象)

規範経済学の基礎:公理的アプローチ(あるいは規範経済理論をモチーフとした数理的言語能力トレーニング)
4単位;通年
教室・時間:月曜 1600-1730 三原オフィス(じっさいの時間はかなりちがう)
教官:三原麗珠 / H. Reiju Mihara
Office phone: 0878-36-1878

規範経済学は価値判断(「なにが望ましいか?」「何をすべきか?」)にかかわる科学だ.たとえば社会にはいろいろなルールがあるが,それらが「すべてのひとびとを平等にあつかっているか」あるいは「そのルールにしたがうインセンティブをひとびとに与えているか(そのルールにしたがうことによってひとびとが損をするようになっていないか)」といった問題は,規範経済学の対象である.

規範経済学は,経済学・倫理学・政治学などいくつかの領域にまたがる,刺激にみちた分野である.この科目では,抽象数学をもちいた現代的アプローチ(といってもこのコースでは集合の記号を使う程度だが)である「公理的アプローチ」に焦点を合わせて,規範経済学の基礎理論を学ぶ.なぜ規範科学で抽象数学をもちいるのか?従来の人文・社会科学においては,価値判断の基準は通常(日本語などの)自然言語によって表現されていた.だが自然言語ではそれを使う者や文脈によって単語の意味にズレがあるため,しばしば混乱をまねく結果になった.(たとえば「矛盾のない体系は完全ではありえない」という文はいったいなにを意味すると思うだろうか?)それにたいするひとつの解決法は,使う言語からいったん意味を抜いてしまうことである.言葉を記号で置き換えるのだ.記号を意味にたよらず機械的に操作し,得られた結論(それは本来,記号列にすぎないのだが)にふたたび意味を与えるのである.そしてわれわれにとって「記号化」とはとりあえず「分析対象を抽象数学で表現すること」である.(「とりあえず」といった背後には,上の文「矛盾のない……」が関係している.)

テキストは,厚生主義・協力ゲーム・公共的意思決定・社会選択と投票,の4つの分野をおよそ 30 の公理をつうじて統一的にあつかっている.それぞれの公理はある価値基準(たとえば上述の「個人の平等」)を表現している.時間に余裕があれば,メカニズム・デザイン数理的な権利理論などの関連トピックスもあつかう.[5/98 加筆:他の科目であつかった数理的権利論のレクチャーノート(スライド)はこちら] そのさい,最近 10 年間の展開に重点をおくが,最先端の論文を解読することよりも,それらを理論展開コンテクストのなかにうまく位置づけることをめざす.

この科目は,人文・社会科学系の大学院進学希望者をはじめ,言語としての一般的数理能力を高めたい学生にすすめる.

1.研究方法

テキストの内容を講師(学生のばあいも)が説明していく.参加者全員の積極的な質問やコメントを歓迎(あるいは要求)する.もちろん講師からも参加者に質問する.各章は 19 ページから 36 ページの長さだが,それをおよそ2回のミーティングでカバーする.定義・公理・定理の意味の理解を重視し,各章の大部分を占める証明は軽視あるいは無視する.したがって読まなければならないページ数は多くないが,内容がやや高度なので忍耐力が必要だろう.

2.テキスト

Moulin, H., Axioms of Cooperative Decision Making, Cambridge University Press, 1988. ISBN 0-521-42458-5 paperback.

参考書はテキスト7ページ参照.日本語のものとしては,公共経済学テキストが数冊ある.(ただし内容はテキストほど高度ではない.)ほかに認知科学者である佐伯胖のロングセラー『「決め方」の論理:社会的決定理論への招待』(東京大学出版会,1980)が,関連する話題を読み物として楽しくまとめている.

3.単位認定方法

口頭試験・筆記試験・演習問題アサインメント・授業への貢献度(発言や教材作成)・その他,のうちのいくつかの組み合わせにもとづいて認定する.(簡単にいえば「未定」ということ.)単位をできるだけ取りやすくするため,計算など数理的操作能力は初歩的なものしか要求しない.しかし数理的表現を言語として理解する能力は要求する.たとえば試験ならば,正誤問題や,数理的表現と英文または和文とのあいだの翻訳問題などが中心になるだろう.最低限,公理だけは正確に理解しておくこと.また,1章だけでも(証明まで)深く理解したことを示せる者には,できるだけ高い評価をあたえる.

4.関連授業科目

微分積分学の既習が望ましい.理解を深めるため,ミクロ経済学・集合論(教育学部)・確率論・協力ゲーム理論・非協力ゲーム理論など,できるだけフォーマルな(数理的な)科目の履修をすすめる.ほかに公共経済学・数理経済学も関連が深い.倫理学や政治学などは規範経済学の意義を知るためには有用だろうが,このコースでやるようなフォーマルなアプローチの理解にはかならずしも役にたたないかもしれない.


成績評定

受講者2名全員が「優」でした.


Log---Actual development of the course
Foundations of Normative Economics: An Axiomatic Approach

The class meetings were held Monday evenings, for about two hours from 1620. The classes were attended by a senior student, a junior student, and Professor Dao-Zhi Zeng (http://www.ec.kagawa-u.ac.jp/~zeng/ [outdated]) at the Department of Information Science. Professor Taro Kaneko at the Faculty of Law attended the class from October 20, 1997. I typically spent more than 12 hours preparing for each two-hour lecture. The textbook was demanding even to me the instructor. I prepared lecture notes so that students could understand the points without reading the text. Before starting to teach the course, I expected that students would not understand my lectures (unless they spent a lot of time at home). It turned out to my surprise that the students seemed to understand what I explained---despite the fact that the textbook was mainly for the second year graduate students in economics. (Of course, in order to make the course accessible, I made certain compromise---like skipping proofs.) I was convinced that I could offer this type of course in future, where I would bring the frontier of economic theory to students, using the same language that economic theorists are using.

In addition to the following classes, I gave several "oral examinations" (actually, discussion sessions) and supplementary classes.

4/21/97, 1030-1200. 神谷・浦井『経済学のための数学入門』東京大学出版社,1996.第1章「基礎的概念」p. 25 までざっと流す.

4/28/97, 1030-1200. 神谷・浦井 p. 37 まで.ホワイトボードで説明.

5/5/97 休み.

5/12/97, 1030-1200. Mas-Colell, A., M.D. Whinston, and J.R. Green, Microeconomic Theory, Oxford University Press, 1995. Ch. 1 Preference and Choice. 今回からレクチャーノートを配ることにする.神谷・浦井 pp. 37-52 は自習に回す.

5/19/97, 1620-1810. Moulin, Chapter 1, Egalitarianism versus utilitarianism.

5/26/97, 1630-1830. Moulin, Chapter 2, Social welfare orderings. 2.1-2.4.

6/2/97, 1630-1840. Moulin, 2.5-2.6.

6/9/97, 1630-1820. Moulin, Chapter 3, Axiomatic bargaining, 3.1-3.3 (3.4-3.6 were just mentioned.)

6/16/97, 1635-1835. Moulin, Chapter 4, Cost-sharing games and the core.

6/23/97, 1630-1820. Moulin, Chapter 5, Values of cooperative games, 5.1-5.3.

6/30/97, 1640-1810. Moulin, 5.4-5.6.

7/7/97, canceled.

9/22/97 Special lecture by Mitsunobu Miyake.

10/20/97 1635-1810. Chapter 6, Equal versus proportional sharing.

10/27/97 1630-1820. Chapter 7, Regulated monopoly, 7.1-7.3.

11/10/97 1630-1820. 7.4-7.7.

11/17/97 1650-1830. Chapter 8, Strategyproof mechanisms. 8.1-8.2.

12/1/97 postponed.

12/3/97 Wednesday.1510-1750. 8.3-8.5.

12/8/97 canceled.

12/15/97 1640-1750. Chapter 9, Majority voting and scoring methods. 9.1.

12/22/97 1625-1830. 9.2-9.4.

1/12/98 1640-1850. Chapter 10. Strategyproofness and core stability 10.1-10.3.

1/19/98 1635-1840. 10.4-11.1. Chapter 11. Aggregation of preferences

1/26/98 postponed.

1/30/98 Friday. 1030-1240. 11.2-11.5.

2/2/98 1630-1830. 11.6-11.8.


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三原麗珠

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