資源配分の公平
シラバス
香川大学大学院地域マネジメント研究科2007年度
資源配分の公平 (Equity in Resource Allocation)
応用科目; 2単位; 第2学期前半; 水曜日 6-7 校時 (1820-2130); 三原研究室
三原麗珠
効率的な資源配分方法としてもっとも優れたものは価格 (市場) メカニズムだろう.しかし私的機関や公的機関が,価格メカニズム以外のやり方で「だれがなにを受け取るか」を決める場面は意外と多い.ひとつだけある腎臓をどの患者に人工移植するか? コンピュータ・ネットワーク上でサーバに送られて来るジョブをどういう順番で処理すべきか? 都市,住居,コンピュータのそれぞれをつないで (道路,上下水道,ケーブルなどの) ネットワークをつくるとき,どのように費用を分担すべきか? 企業間の合弁事業で利益をどう分け合うか? 公共施設をどう立地すべきか? 会社内でデスク (あるいはオフィス) やアシスタントそして勤務セクションを社員にどう割り当てるか? こういった日常起こる具体的な問題は,「公平」の確保という理由により価格メカニズム以外の決め方で解決されることが多い.
では「公平」とは何か? この科目ではさまざまな具体的なケースをとりあげ,それぞれのケースで資源配分の「公平」の意味するところを体系的分析によってあきらかにする.とくに「公平」を構成する基準をひとつひとつ明確に定式化し,複数の基準が互いに矛盾することなくどこまで同時に成立しうるかをあきらかにする.その分析の背後にあるのは,《公理的方法》とよばれる強力な現代的手法であり,社会選択や協力ゲーム理論といった分野で広く用いられている.それぞれの公理は,たとえば「ある配分 x 以外に実現可能な配分 y があって全員が x より y の方が望ましいと思うならば, x は採用すべきではない」といった,配分ルールにかんする要請を表現している.
この科目は,組織内のさまざまなものごとの「決め方」を見直したり設計したりしたい民間企業人はもちろん,つねに「公平」を意識しつつ仕事をすすめていかなければならない公共部門関係者,そして論理的思考力を鍛えることによって配分競争における説得力や交渉力を高めたいあらゆるひとびとにすすめる.その一方で,公理的方法への純粋な学問的関心を持って受講する学生の期待にも一定レベルで応えられる内容になっている.さらにおまけとして,英語の書籍から必要な情報を拾い出す作業をとおして,英文への抵抗感を和らげる機会も提供している.
前提科目・関連科目
この科目にたいする前提科目はない.余裕があれば「ゲーム理論」「経済分析」「微分積分と線形代数」などを通じて数理的思考力を鍛えておくとよい.それらの科目の知識を再確認できる場面も少しある.たとえば Young 5 章では協力ゲーム理論で学ぶコアやシャプレイ値が登場する.講義内容を理解するためだけなら,数学の知識はほとんど必要ではない.(理解を深めたいひとは,あらかじめ茨木 (2004) などで集合と写像を勉強しておくことをすすめる.使われる数学は抽象的なものであり,日常言語そのものを記号化した感じ.そのため,ふつうの数式とちがって意味を取るのはひじょうに簡単.)
関連科目を関心対象で分類すると,おおよそ以下のようになる.ゲーム理論や経済学は各主体レベルの最適化を前提として,その帰結を分析・評価する (「ゲーム理論」「経済分析」「費用便益分析」「都市開発論」などの主関心).あるいは主体レベルの最適化の帰結が社会的に望ましいものになるような制度を設計する (「資源配分の公平」「配分ルールと厚生」の主関心).そこでは個々の主体レベルでの最適化は主体がどう行動すべきかをしめすものではなく,あくまで分析のための単純化と考えられる.一方,意思決定論は最適化自体に関心を持ち,そのための方法を追求する (「意思決定分析」や「オペレーションズ・リサーチ」).そこでは主体がどう行動すべきかをしめすことを重視する.
密接に関連する科目は「配分ルールと厚生」(隔年開講予定) である.この科目「資源配分の公平」では主として単一財の配分問題をあつかう.個人がその財をより多く好むか,より少なく好むか,のどちらかの場合を考えるので,とりたてて選好を導入しない.科目「配分ルールと厚生」では主として複数財の配分問題をあつかうため,選好あるいは効用の概念が重要になる.これら二科目をマスターすれば,組織内外のルールづくりにたいして建設的・批判的な視点を持てるようになるだろう.(たとえばルールの欠陥やルールがカバーできていないケースを容易に見つけられるようになり,ルールを適用されるひとびとの潜在的な不満をあらかじめ削減できる.)
講義の進め方・成績評価
一部「虫食い」(空白)にした講義ノート (pdf) をネットで配付し,Young のテキストに沿って講義形式ですすめる.受講者全員の積極的な質問やコメントを歓迎する.(互いに発言の自由を尊重してもらう.詳しくは別掲のガイドラインを参照.) 講師からも受講者に質問する.本文の例,主要概念,定理の意味の直感的理解を重視し,細かな証明や Appendix にある数理的一般理論の大部分は省略する.受講者は授業内容やテキストを参考にしながら与えられた演習問題を自習していく.自習用に講義内容を凝縮した QuickTime 音声ファイル (mov) とメモ (pdf) をインタネット配信する.ブロードバンド接続環境ならば学外でも利用できる.再生速度も好みに応じて調節できる.
単位認定は,中間試験・最終試験・宿題 (追加演習問題など)・授業への貢献度などにもとづく.最終試験のウエイトが高い.最終試験のほとんどの問題は演習問題あるいは中間試験の類題を予定.
必読文献・参考文献
1. 必読文献
- H. Peyton Young. Equity: In Theory and Practice. Princeton University Press, Princeton, 1994. 『公平: 理論と実際』のタイトルどおりの内容.次のノートで参照している部分 (図や表や用語の定義がほとんど) を拾い読みすればいい.
- Young 1994 notes. 三原による講義ノート (2章の見本; この章がいちばん抽象度が高い; 他の章では集合の記号もほとんど出てこない).アクセス方法は授業開始までに学生に連絡する.(学外のアクセス希望者は三原に連絡を.教育関係者には tex ファイルも提供可.)
- Young 1994 演習問題. 正解例は別途配布.(教育関係者には tex ファイルも提供可.)
- Young 1994 注釈集. (教育関係者には tex ファイルも提供可.)
- Young 1994 視聴覚教材. 自習用のメモと音声ファイル.授業に出席していればべつに「必読」ではない.音声ファイル利用法を参照のこと.アクセスは受講者に限定.
- 茨木俊秀. 情報学のための離散数学. 昭晃堂, 2004. (1.1節 集合; 1.2節 写像 (関数); 1.3 節 関係; 1.5 節 命題と述語). 自習用.配布する.
2. 参考文献
2.0. 数学の補足:
- 永谷裕昭. 経済数学. 有斐閣, 1998, pp. 1-3, pp. 23-37 (第1章1節, 経済学と数学; 第2章1節, 集合, 関数, 直積; 第2章2節, 合成関数と逆関数). 茨木の一部と重なる.配付する.
- 三原麗珠. 権利論への数理的アプローチ: レクチャーノート, 1999, pp. 11-23. 永谷にもとづく.
2.1. 実際的な資源配分問題の公理的分析で,この二科目の関心にひじょうに近いもの:
2.1.1. 他大学の類似科目:
2.1.2. カバーする範囲の広いもの:
- 武藤滋夫. ゲーム理論入門. 日本経済新聞社, 2001. VI 章. あらかじめ目を通しておくといい.
- 船木由喜彦. エコノミックゲームセオリー: 協力ゲームの応用. SGCライブラリ11. サイエンス社, 2001. 副読本としてすすめる.
- 鈴木光男. 新ゲーム理論. 勁草書房, 1994. 第II部.
- 岡田章. ゲーム理論. 有斐閣, 1996. 9-11章.
- Herve Moulin. Fair Division and Collective Welfare. MIT Press, Cambridge, Massachusetts, 2003.
- Herve Moulin. Axioms of Cooperative Decision Making. Cambridge University Press, Cambridge, 1988.
- Herve Moulin. Cooperative Microeconomics: A Game-Theoretic Introduction. Princeton University Press, Princeton, 1995.
- William Thomson. The theory of fair allocation (forthcoming from Princeton UP?).
- William Thomson. Fair allocation rules. Chapter 27, Handbook of Social Choice and Welfare, volume 2, Elsevier, 2008?
2.1.3. 特に焦点を絞ったもの:
- 船木由喜彦. 「破産問題」をゲーム理論で解く. (中山幹夫, 武藤滋夫, 船木由喜彦(編). ゲーム理論で解く, 5章). 有斐閣, 2000. 入門的解説.
- H. P. Young. Cost Allocation. Chapter 34, Handbook of Game Theory with Economic Applications, Volume 2, Elsevier, 1994.
- Herve Moulin. Axiomatic cost and surplus sharing. Chapter 6, Handbook of Social Choice and Welfare, volume 1, Elsevier, 2002
- William Thomson. On the axiomatic method and its recent applications to game theory and resource allocation. Social Choice and Welfare, Vol. 18, pp. 327-386, 2001. 公理的方法自体へのガイド.この分野の研究を目指す読者に,公理的方法の有効性と研究の指針を提示.もし読むなら,この授業であつかうモデルやゲーム理論の知識を得た後にした方がいい.
2.2. 資源配分以外の公理的分析
公理的方法は資源配分問題以外にも,投票理論やゲーム理論に応用されている.三原の Web ページにある「合理選択政治理論(実証政治理論)の手引き」にあげた文献案内を参照のこと.
授業計画
各トピックの該当章 (たとえば Y1 は Young の Chapter 1 を表す) や講義回数は以下の通り.この他に Moulin (2003) などから例を追加することがある.
- Overview (Y1; 2 回): 配分問題とは何か.配分問題を解決するためにどういう基準を採用すればよいか.個人間比較を要しない無羨望 (no envy) 概念とその限界,優先原理,配分基準の整合性 (consistency),比例原理ではうまくいかない非分割財配分の例など.
- 集合,写像,関係,命題 (茨木 1.1, 1.2, 1.3, 1.5 節; 0 回 [自習]): 最小限の抽象数学.
- Equity and Priority (Y2, 4 回): 移植のための臓器や条件のよいオフィスをどのような優先順位で要求者に配分するか.ある分割できない財を要求者ひとりにつきひとつだけ受け取ることができ,要求者全員に配分するには財が不足する状況.それぞれの要求者の必要性や貢献度などをどのように考慮するか.配分基準の不偏性や整合性.
- [Equity as Near as May Be (Y3, 扱わず): 比例代表制選挙で,各政党へどう議席を配分するか; 選挙区へどう定数を割り当てるか,獲得票数や有権者数に応じた比例配分が完全には成り立たない状況.どのような近似が比例配分にもっとも近いか.]
- Equity, Equality, Proportionality (Y4, 3 回): 破産した企業の資産を債権者にどう分配するか.財自体は完全に分割可能であり,それぞれの要求者の違いを共通の基準で計れる状況.単純な比例配分の原則にしたがうのがいつも公平といえるか.
- Cost Sharing (Y5, 3 回): 企業間の合弁事業で利益をどう分け合うか; いくつかの自治体が共同の配水施設をつくるときコストをどう分けるか.具体的な配分は関係者の直接交渉で決まり,関係者は自分が損をしてまで協力する必要はない状況.単純な等分や比例配分では関係者の協力がえられないときどうすればいいか.
- [Progressive Taxation (Y6, 扱わず): 企業の業績が悪くて社員の給与をカットするとき,高給を受け取る社員ほどカット率を高くすることは正当化できるか.累進課税の理論を参考にしながら考えてみる.]
- 演習問題の解説 (2 回)
講義開始前のおしらせ
- 2006年度および2005年度の対応科目の講義ページはこちら.2004年度に学部夜間主演習でこの科目と同じ内容をたっぷり時間をかけて教えた.そのときの学生の感想がその講義ページに載っている.
- 講義にたいする心構えなど,自分の考え方はこちらの意見に近い: 「ビジネススクールの授業で悩む」
- 公理的方法ふうの思考を実務に応用した例としては,「プロジェクト研究秘密扱い決定ルール」がある.公理的方法の威力をしめす例としてはひじょうに物足りないが,公理的方法が日常的な思考の延長上にあって日常的思考を洗練できることを知るには悪くない例だろう.シラバスに「組織内外のルールづくりにたいして建設的・批判的な視点を持てるようになる」と書いた意味もこれで一部明らかになるだろう.
2007年4月
メールにて学務関係の疑問に応え,文献入手方法を連絡.
2007年9月25日
文献入手方法などについて学生宛メール.以下はメール配信登録方法について:
次回以降の連絡メールは,受講者と希望者にのみ配信予定です.初回の講義を欠席した配信希望者は,登録・聴講・その他の別を明記した上で10月10日までにお返事ください.メールを受け取れるアドレスなら何でも構いませんが,学籍番号とお名前は明記願います.
課題
「Young 1994 演習問題」として配布する課題以外の情報をここに掲載する.
集合と論理にかんする小問3題 (平成19年度秋期 基本情報技術者午前問題 問 8, 9, 17) を渡した.スマートな解法を考えよ.
選択肢にかんする個人のランキングを社会ランキング (コンセンサス) に集計するルールを考える.いま,選択肢集合と個人の集合は同じとする.(たとえば web サイトの検索エンジンはこの種のルールを基礎にしていることがある.個人と選択肢をそれぞれ web サイトとし,あるサイトから別サイトへのリンクを前者のランキングで後者がトップにあるとみなす.複数のトップを許し,かつ個人ランキングの全体ではなくトップのみを考慮する方式.) このようなルールはどういう性質を満たすといいだろうか.思いつくだけ挙げよ.具体的なルールを提示してもいい.
Maimonoides' rule で全体量 a0 から均等レベル x を求める式は方程式で表されていた.x を a0 から直接計算する式をしめせ.人数4人で要求量は c1, c2, c3, c4 の順に増える (等しい場合も) とする.
要求問題のフレームワークで所得税問題を表現せよ.a0, ci, ai はなににあたるか.
Moulin 2003 Excercise 4.4b (除くべき選択肢は指定) and Example 4.4.
試験と成績
「11/14/07 Class 7 (試験)」の記録を参照.受講生には「秀」を与えた.
受講生の感想
講師から
「感想を送ってくれれば講義ページに載せる.過去の講義ページにある感想が参考になるかもしれない」と受講生に伝えたところ,次項の返事が返ってきた.2005年の講義ページにある質問例を参考にしたようだ.いちぶ現状に合わない項目もあるが,そのまま掲載し,講師のコメントを添えておく.
受講生の感想とそれにたいする講師からのコメント
「本講義に対する満足度は非常に高いです。ありがとうございました」という受講生の感想:
○ 履修済み科目及びその成績
・ゲーム理論 (担当教官:宍戸先生) 秀
・微分積分と線形代数(担当教官:曽先生) 秀
・経済分析 (担当教官:曽先生) 今期受講
・OR (担当教官:三原先生) 今期受講
・配分ルールと厚生 (担当教官:三原先生) 隔年開講の未受講
[講師コメント] この受講生に欲しい成績をたずねたところ「秀」と答えた.なるほどほかの科目も
よくできている.「秀」を希望すると表明された以上,こちらも口頭試問や筆記試験を徹底的にやる
ことになったわけだ.
○ 必要な前提知識
資源配分の公平については特に前提知識は必要ないと思う。先生から受講生への一方
的な講義でなく受講生の理解に重点をおいた講義であり、受講生がわかったふりをし
なければ講義の場で疑問点も解決できる。
テキストや講義ノートは英語であるが、親切丁寧な講義および視聴覚教材の配布もあ
るため英語に不安のある人も心配ない(わかりにくい日本語のテキストや魅力ない日
本語の講義のほうがよほど問題ではなかろうか)。
[講師コメント] わかったつもりだったのに講師に突っ込まれてしまい,「わかった」レベルが
不十分であることに気づいたこともあったはずだ.
○ この講義の単位数
この講義の単位数をどう感じるかは受講生次第といえる(私自身は2単位で問題ない
と思います)。
先生は講義開始時に、「予習はしなくていいから。」と話しており、単位取得のみが
目的なら、試験前に先生が教えてくれるポイントのみ復習すればよく(シラバスにも
書いてあるが最終試験のウエイトが高い!)、非常に楽な科目になるであろう(講義
ノートの虫食い部分は、講義内で十分理解できる)。もちろん、深く追求したければ
十分に時間をかけて楽しむことも可能である。
[講師コメント] 現状の二科目4単位分を以前は一科目2単位で教えていた.この項目
はその時代ならではのものだ.なお,この受講生自身はこの科目にかなり時間
を割いたようだ.週に二時間授業があるので,週一時間の科目よりは自習時間も
多くなるはずだ.それを考慮した上で「かなり時間を割いた」ということかは不明.
○ 演習問題について
講義内容を確認し、知識の定着を図るには演習問題は必要不可欠と考える。問題と解
答を同時に配布して講義の時間に解説を行う現在の方法でいいのではないだろうか。
問題ごとに受講生を講師役に任命して解説させる方法も非常に面白いと思う。
私自身は、問題を解いて答えを確認し、理解できない部分を講義での説明・解説時に
確認を行った。
[講師コメント] 「問題ごとに受講生を講師役に任命して解説させる方法」は少人数
だったら可能かもしれない.今回採用したのは,受講者がひとりだったので,それを
やることにより全般にわたっての口頭試問にもなるためだった.
○ 印象に残った内容
腎臓配分問題において、私が考えた配分順位がテキストのアンケート結果表に掲載さ
れていなかったこと(このアンケートにおいて誰も選択していないものを選択した自
分の感性にびっくり!!)。
公平と聞くと、唯一の方法があると勝手に思っていたが、いろいろな考えがあること
は新鮮であった。自分に有利な公平の手段をいかにうまく活用すべきかを考えなくて
はいけないと認識させられた。
[講師コメント] 最後の一文はややひっかかるひともいるだろう.公平というのは自分の
有利不利の問題とは独立だからだ.しかし現状よりも自分に有利なやり方がたまたま
公平の観点からも説得力を持つことはありうる.だれも望まないやり方が慣習になって
しまっていることもあるからだ.そういう場面その他いろんな交渉の場では,
公平のさまざまな構成法を知っておくことはプラスになるはずだ.
○ この科目に関するプロジェクト研究
講義時間中にもお話ししましたが、80歳の人と20歳の人の選挙の1票が同じ扱い
でいいのだろうかということを研究することができないでしょうか。現在の人口構成
から考えると団塊世代の数の影響力が今後しばらく続く可能性が高く、それによって
もたらされる結果が本当に公平といえるのか、はなはだ疑問を感じることが理由です。
[講師コメント] ううむ,ラディカルだ.法制度を大きく変えなきゃならんじゃないか.
ぜんぜんビジネススクールらしくないからボツだ (笑).
票の重みの操作は恣意的になるので,あきらめたほうがいいと自分は思う.
(選挙区を地域だけでなく年齢で分ける方法も可能だが,そのばあいでも高年齢層を
じっさいよりも低くカウントするのは無茶だろう.たとえ現状では選挙区ごとに票の重みが
大きく異なっているにせよ,その事実をもって正当化するのはむずかしい.)
香川大学と香川医科大学が統合して学長選挙をしたときなんか,
両大学の重みが同一になるように調整したけど,あくまでも一組織の内部での話だ.
Young にも,page 8 に
Parity means that the claimants are treated equally, either because
they actually are equal or becasuse there is no clear way to distinguish among them.
とある.ひとびとをはっきり区別する理由がないときは便宜上同等にあつかうしかないのだ.
現実的には「敵を分割する」つまり,政治家が多数派を割るような争点を設定する
ことで対応することもできることもある.
ちなみに社会選択理論は望ましい意思決定の可能性をいろいろと追求したが,その結果はかなりネガティブだ.
それを受けて,望ましいルールの設計というよりも,ひとびとはどういう戦略的行動をとり,
その結果がどうなるのかを研究する実証政治理論が最近は盛んになっている.
授業記録
10/5/07 Class 1
1825-1845 (9/25 メール,シラバス), 1845-1950 (Sections 1-4), 2005-2200 (Sections 5-12).
出席は 1 年生の S ひとり.
Young Chapter 1, all sections.
- 参加者はじゅうぶんやる気がありそうだ.
- 今年の2年生は応用科目を取る人が少ないとは聞いていたが,少しは参加すると思っていた.同じ時間帯にビジネスアカウンティングと経営管理論 (新たな基礎科目) が開講されているので取りにくかったと参加者 J は言う.
- 一対一なので,予定以上にやりとりを入れながら進めて行った.後半は去年は 2130 に終えることができた.だが今年は,英文を読み過ぎたせいか去年省略した部分をきちんとやったせいか,時間オーバーした.
- Section 3 の Example 2 で比例配分はどうするか尋ねたところ,受講生はタルムードのやり方を回答.比例配分の考えがかならずしも唯一自然で公平なやり方でないことが露呈した.
- Secton 11 の "threat" について.「ビール瓶や金属バットで殴るぞ」などという脅しとちがい,「契約を締結しないぞ」という脅しは自由市場では最低限認められる自由のはずだ.しかし姉歯事件ではたしか姉歯氏の「『ほかの設計事務所に仕事はまわせる』と脅された」という発言をどこかの政党が取り上げて,その業者を「不正な圧力をかけた」と追求しようとしたのではなかったか.わが国はこのような「脅し」も不正となるんだろうか.自由市場の最低限のルールが当てはまらない国なのかもしれない.
- 「Young 1994 注釈集」の Chapter 1 は更新なし.上記シラバスの「必読文献」からダウンロード可能.
10/10/07 Class 2
1820-1835 (茨木,真理値表にかんする質問に答える), 1835-2000 (Chapter 2, Section 1-4, up to page 32, second paragraph [page 5 of the notes]), 2010-2140 (the rest of Section 4).
Young chapter 2, Sections 1-4.
- 開講日を金曜から水曜に変更.残念ながら新たな受講者は現れず.
- 受講生 S は1800 ころ到着.授業後 2210 までゲーム理論や仕事の話. この講義に関心を持った理由は,メールによる事前の情報提供が徹底していたため,そしてある意見表明を見て衝突をおそれない人間だと思ったかららしい. 情報提供はほかの科目でもきちんとして欲しいと思う.一方,意見表明についてはかなり遠慮している.関心があればブログでも見るといい.
- S はテキスト入手済み.Chapters 4, 5 も印刷済み.
- S は茨木 1 章の必読部分を読んで来てくれた.理解しておいた方がいい演習問題は去年の講義ページの「課題」を参照.今年は試験範囲に入れるかどうか決めていない.
- 今年は不偏性の同値証明 (notes, page 6) を飛ばさずにやった.公理的方法の感じが多少は掴めただろう.
- 公理的方法については,平凡助教授のブログ紹介記事が参考になる.たとえば「自分の首に縄をかけてその縄をじわじわ吊り上げながら,「どこまで吊り上げれば死ぬだろうか?」と問い続けているのが社会選択理論家たちなんですよ!」「自分自身を倫理の断崖絶壁に常に追い込もうとするのが,社会選択理論家の性 (さが) なのです.はみ毛やパンチラの探求にも通ずる,高邁な性なのです」とある.
- キャンパスがトイレ臭いと思ったら,キンモクセイの香りだった.
10/17/07 Class 3
1830-2050 (Sections 5-6; メカニズム・デザインのノーベル賞受賞について 20 分ていど), 2050-2130 (社会選択のその後とメカニズムデザイン).
Young Chapter 2, Sections 5-6.
- 受講生 S は 1815 到着.授業後 2140 ころまで雑談.
- S はボルダルールで最高順位の選択肢は何点,次は何点,……とあらかじめ決められていることに感心.戦略的操作が困難そうに見えるかもしれないが,じっさいはボルダルールは操作されやすい例としてあげられることが多い.僕自身は,選択肢に点数を与えるボルダルールへの対案としてコンドルセが出したのが,ランキングに得点を与える方法であったことのほうに感心した.
- 今週,Hurwicz, Maskin, Myerson のノーベル経済学賞受賞が決定.受賞理由であるメカニズム・デザインに関連する話をかなりやった.これで今回の授業内容の少なさをカバー.
- アローの定理で,定義域をうまく制限できれば不可能性を回避できるばあいがあること,たとえば選好が単峰性をみたすようにすれば中位投票者の定理がなりたつことを説明.部屋の温度設定を希望温度の平均で決めるのは戦略的操作可能であることなど.
- アローの定理が規範的分析だとすれば,その後メカニズムデザイン的発想による Gibbard-Satterthwaite 定理など戦略的分析がはじまったことを説明.GS 定理の遂行条件を緩めたナッシュ遂行可能性の必要条件としてマスキン単調性がある.授業ではノーベル賞公式サイトにあったバックグラウンド解説に載っていた例を用いて,plurality rule がマスキン単調性をみたさないことをしめした.メカニズムデザインと市場メカニズムの関係についても言及.
- ある科学教育サイトにボルダ,コンドルセ,アローとともにミハラが言及されているのを受講者は知らなかったらしい.「もっと売り込みが必要では?」いや,ホームページのトップに載せてるんだが.
10/24/07 Class 4
1820-1840 (課題解説), 1840-2140 (Sections 1-8).
Young Chapter 4, Sections 1-8.
- 受講生 S は 1810 ころ着.授業後2150 まで他の科目の話など.
- 数日前メールで出した課題について議論.集合と論理の問題は,ある試験からとってきたもの.選好の集計の問題は,アイディアを問うもの.数週間かけてやってもらう.こちらが与えたなにかを解く問題ではなく,オープンな問題であるためか,「これは研究の問題じゃ?」と S は言ったが,なかなか鋭い.だが研究で必要な数理的技巧は,この課題に答えるためには一切必要ない.専門家も見落としていたような素人的な発想を発揮してもらえらば理想的.
- ルールの満たすべき望ましい性質の考え方として,ルールの弱点を探すというのがある.(ハッカー的なアプローチと言えるかも.) ひとびとは選好を偽らずに報告するか (strategy-proof という考えにつながる) とか,賄賂を渡してほかのひとに選好を偽ってもらったりしないか (bribe-proof につながる) などを考える.Maimonides ルールを操作する方法に家族なり他人をまきこむというのがあるが,受講生は思いつかなかった.じつは課題解説のときに bribe-proof を持ち出して「他人を巻き込む」と言ったのは,そのヒントだったのだ.
- ルールの弱点を探す以外の方法としてひとつ挙げたのは,個人が新たに加わるなどの変化があったばあい,その変化に責任を持たない個人 (以前からいるひとびとなど) は,その変化によって同方向の影響 (効用変化; だれも効用が減らない,あるいはだれも効用が増えない) を受けるというもの.これも分かりやすい例だろう.
- 布争いのルールはまず図で納得してもらい,そのあとに説明をはじめた.そのとき引き合いに出した本を紹介しておく.金出武雄『素人のように考え,玄人として実行する:問題解決のメタ技術』PhP 文庫, 2004年.30 節「説明して納得させるのではない。納得させてから説明するのだ」.僕自身はテキスト通りの説明をわざと先にやってみて,その分かりにくさを実感させたうえで図解のありがたさを強調することも多い.
10/31/07 Class 5
1805-1815 (先週出した宿題の解説), 1815-1825 (今週出す宿題解説),1825-2000 (chapter 4),2010-2145 (chapter 5).
Young Chapter 4, Sections 9-10; Chaper 5, Sections 1-5.
- 受講生 S は 1800 着.授業後は 2210 まで.マクロ経済のことなど.
- 集合と論理にかんする小問3題はスマートに解いて来てくれた.さらにスマートなやり方がないか考えていたらしい.問 9 は (not P) or Q が P->Q と同値であることに気づけば,さらに簡単に答が出る.
- Perfect equity が成り立たない例で多少混乱した.77 頁 (i), (ii) から (300, 200)P(100, 100) but not (100, 100)P(300, 200) といえる.したがって a は P について perfectly equitable ではない. その一方で (300, 200)P(100, 100) かつ (100, 100-e)P+(300, 200) for any e>0 なので,a は P について equitable である.
- 「Young 1994 注釈集」に費用便益分析の話を追加した.
- New Deal の評価について質問があった.残念ながら経済史はマルクス経済学者の著作が多いので,中立的な評価をみつけるのはむずかしいだろう.ただ言えるのは,大規模公共事業のようなショック療法は繰り返していると効かなくなることだ.政府が景気刺激に乗り出しても,それが将来の増税につながると人々が読み込めば,なかなか刺激は効かない.その他,好景気になったら景気刺激のための公共事業は縮小しないといけないのにそれがなかなかできなかったこととか,クラウディングアウトとかいろいろ議論はある.
11/7/07 Class 6
1815-1825 (先週出した宿題の解説),1825-2025 (chapter 5),2025-2130 (演習問題正解解説; かなり省略できた),2130-2200 (テスト).
Young Chapter 5, Sections 6-8. Chapters 1-2 の演習問題.
- 受講生 S は 1810 着.
- Maimonoides' rule で均等レベル x を求める式を宿題に出していた.正解だったので,はじめからその形で得られたのか,それとも計算の結果求めたか尋ねると,前者だという.なかなかすばらしい.ボク自身は少し遠回りの後者だったから.宿題は 4 人のばあいだったが,n 人への拡張も容易に答えてくれた.
- Figure 7 で C だったらどうするかを尋ねる.「ほかの家が電線を敷くまでは関心がないふりをし,敷いてしまったら自分も欲しいと言い出す」というのは過去にも何人かが答えたとおり.S は続けて「しかし他の家がどう出るか」と.そのとおり! 誰が電線を所有するかで請求額が変わって来る.関連する例として,転居して来たひとに高額な自治会費を請求して,払わなかったら自治会がゴミ置き場を使わせない例があるそうだ.ボク自身は引越は数多いが,そういうことは東京でも神奈川でも大阪でも高松でも過去になかった.家主でなかったから請求されなかったのだろうか.いずれにせよ珍しいんでは.おそらくゴミ置き場は自治会の所有物ではなくて管理物にすぎないだろうから,問題は管理主体がどこまでできるかだろうな.市の所有物ならば,管理の仕方に市が文句をつけることは許されるんじゃないか.
- 最近は費用の等分にかんする公理的研究も現れて来ている.S が「単なる等分がどう研究できるんですか」という通り,たしかに当たり前すぎてかえって公理を考えづらかったんだろうか,最近までほとんど研究されていなかった.
- シャプレイ値や cost savings の計算例など,いくつか受講者に説明を求めたら,難なくこなしてくれた.口頭試験に通ったようなものだから,試験はもっと高度なことに重点を置かねば.
- 演習問題の解説はだいぶ省略できたので,かかった時間は来年以降の参考にならない.整合性の拡張条件を使って証明する追加問題 1 はむずかしいとのこと.
- 帰宅は急がないというので,今週出した宿題 (Moulin, Exercise 4.4b ボルダルールのパラドックスと Example 4.4 コンドルセルールの Reunion Paradox) を授業中に解いてもらった.宿題に代えて小テストというあつかいになる.いずれも投票にかんするパラドックスだが,「自分で実際にやってみると実感できる」「楽しかった」と言っていた.自宅でひとりでやったほうが気楽そうなものだが,自宅でやると心細くなってくるとかなんとか.
- 通常用いる plurality rule では,「すべての地域でトップ当選だった候補が全体では落選」という意味での reunion paradox は起こらない.でも「全国で選挙すれば負ける候補でも,地域ごとの結果を集計する方法では勝つことはできる」というふうに条件を弱めれば,現実に米国大統領選挙でも起こっていたことがあったはずだ.要するにぎりぎり勝利であっても他の候補より多くの選挙区で勝てばいいわけで,負ける選挙区ではボロボロに負けてもかまわない.すると S は,孫氏の兵法 (?) に,相手のいちばん強い馬にこちらのいちばん弱い馬を当てて……とあるのを持ち出してくれた.「選択と集中」も相手次第ということになるかな.中途半端に強い駒を持ち過ぎてもだめだし,ひじょうに強い駒を集中して過度に少数精鋭にしても勝てない.
- 上記小テストだが,S はボルダの方は投票行列でやっていた.「選択肢 d があるばあいも,d を除いたばあいもいっぺんにできると考えた」そうだ.実際に計算が楽になるかどうかは知らないが,なるほどなと思った.専門家としては,時間に追われて計算しなければならないことはあまりないので,概念的に分かりやすいやり方で済ますことが普通だ.コンドルセのほうは,多数選好を考えれば,考慮すべきランキングは絞れる.たとえば abca のサイクルができたとすれば一番支持数の少ない部分を切ればいいし,a がコンドルセ選択肢ならば,残り b, c の順序は多数選好に従わせればいい.(コンドルセランキングでは隣接する選択肢は多数選好に従うので.)
- 等号をはじめとした数式は厳密に使うこと.選択肢 a ボルダスコアを B(a)=14 などとするのはよいが,a=14 では意味をなさない.
11/14/07 Class 7 (試験)
1755-2020 (事実上の口述試験),2020-2045 (自習),2045-2105 (筆記試験),2110-2120 (筆記試験続き).
- 受講生 S は 1750 入室.週末に4, 5 章すべてとほかいくつかの自習用音声ファイルを聴いたという.演習問題だけやってくれれば十分かつ効果的だったのだが.試験後は,公理を考える宿題について議論.雑談も交え,なぜか22 時までやっていた.
- 「事実上の口述試験」では,Chapters 4-5 の演習問題と Chapter 2 の 問題4,追加 1, 2 を解説してもらった.簡単な部分はスキップした.解答ではさらりと書いている式の意味は,しつこく確認した (単に公式に当てはめるような理解では「秀」はあげられないから).高度な問題 (4章問題5, 2章問題4, 追加1) はさすがにすらすらとはいかなかったため,受講生は反省しまくりだったが,それは仕方ないだろう.(どういう試験問題にせよ,出題の意図とか癖というものがあるため,いちどは説明を受けないとポイントが分からない面がある.ポイントを読み違えると,試験対策上無駄な努力をやりがちなものだ.) それ以外の問題は 5 章の問題 1 の式の説明が弱かった以外はすらすらといけた.
- Figure 12 のようにひとびとの効用関数が共通のとき,Equal sacrifice principle にしたがえば,要求額が多いひとの受け取りが要求額が少ないひとの受け取りよりも少なくなることはない.すなわち c1< c2 ならば,a1<=a2 となる.Figure 12 から明らかだろう.よって横軸に a1 縦軸にa2 を取ったグラフは45度線を横切らない.要求額のペア (c1, c2) から原点に近づくにつれてグラフの傾きがなだらかになることもあれば,急になることもあるようだ (Moulin, 2003, page 43). この点は修正しておく.週末にだいぶ悩ませてしまって悪かった.
- 筆記試験では,まだ見ていないという 2006 年の試験問題から,「秀」を取るための問題 (問題 5, 7),口頭発表で弱かった部分を確認するための問題 (問題 8.ii),演習問題と傾向のちがう問題 (問題 9) をやってもらった.やや問題文が不明瞭な問題 7 (i) 以外は最初の時間で完璧.続きでは問題 7 (i) の正解を出してもらった.筆記試験は予告していなかったため,本番の試験を作成するための情報収集というつもりもあった.しかし今回の試験が完璧だったので,あたらめて筆記試験を課す必要性はなくなった.
- 本日の授業=試験も,ためになったそうだ.この科目はよく勉強した科目だそうだ.
11/21/07 Class 8 (休講)
繰り上げ実施した仮試験が完璧だったため本試験は中止.(前回の記録参照.)
三原麗珠